業界のホンネとタテマエ


  • このコーナーは、様々なテーマについて業界の方々に屈託のない意見を述べて頂いたり、 スクウェイブとしてのコメントを徒然なるままに記載することを主旨としている。
  • 従って、このコーナーに記載される内容はスクウェイブの事業説明の補足を意図したものではない。
    またゲストの方の意見も含めて、ここに記載される内容は、 スクウェイブの公式見解とは必ずしも一致しないので予め御了承頂きたい。
  • その前提で、このコーナーは、記載者のホンネを記し、 タテマエとのギャップから何かしら読者の業務のヒントになることがあれば大変素晴らしいが、 むしろ私としては、ちょっとした気分転換になって頂ければ本望と考えている。
    是非肩肘を張らずに一杯のコーヒーを飲むついでにご覧頂きたい。
2004年5月20日 黒須 豊

第43回:老人医療の問題点〜母が他界して思うこと

掲載日: 2013年9月4日
執筆者: 株式会社スクウェイブ
代表取締役社長
黒須 豊
  • 私事であるはあるが、今年の5月末に母親が他界した。享年78歳であった。女性の平均寿命からすると短い方になる。既に父親が数年前に亡くなっており、これで、私の直系尊属がこの世には、もはや存在しない。父親が亡くなった時にはあまり感じなかったのだが、両親とも他界して初めて、時代が代わったかのような不思議な感覚に襲われている。
  • さて、今回は、母親が2月20日に入院して5月末に他界するに至った過程における私や私の兄弟の葛藤を述べたいと思う。

    母は体調不良にて入院した。直接の理由は、何となく食欲も無く、体調が悪いという訴えであった。入院当初は、普通に会話も出来たし、また、何とか一人で歩行も出来る状態であった。

    入院時検査で、脳に異常はないが、重症で絶対安静の入院治療が必要ということだった。また、当初から、若干誤嚥の状態(物を飲み込むことが困難)が見受けられ、入院後数日過ぎてから、流動食も含めて食事を与えてもらえなくなってしまった。つまり、栄養源は全て点滴に依存するこことなった。

    入院当日は、家で、私が直にヨーグルトなどを与えた限りにおいては、若干むせることがあっても食事を取ることは可能であった。印象として言えば、時間を掛けて、ちょっとずつ食事を与えれば、経口での食事に問題は感じなかった。

    ただし、病院においては、標準化された大量生産的なアプローチを採用せざるを得ない。ある一定の基準を超えていれば、一律食事は禁止され点滴のみということになる。見舞いに行くたびに、本人が「水を飲みたい」、また好きだった「葡萄が食べたい」と懇願してきたのだが、水さえ医者から禁止されており、家族もその指示を守らざるを得なかった。また、本人が落下すると危ないという理由もあって、常時ベッドにベルトで拘束されており、自力でこっそり水を飲んだりすることも出来ない。正直言って、見ていてかなり不憫であった。

    本人には、「治って退院したらいくらでも好きなもの食べられるから」と諭して我慢させる日々が続いた。そうこうするうちに、本人の容態は悪化の一途を辿ることとなってしまった。最悪だったのは、どんどん痩せてきて免疫力が落ち、感染症に掛かり、高熱を何度か発症した。感染源は、点滴部分と排尿カテーテル部分からのいわゆる尿路感染であった。体重も30キロを切るくらいになっており、本人の体力は限界に近づき、結果的に5月末に他界することとなった。

  • 翻って、私には疑問がいくつか湧いている。誤嚥を過剰に心配するあまり、口径からの食事摂取を完全に抑えたことは本当に正解だったのか? 入院させるべきではなかったのか? 感染症も原因は点滴や排尿カテーテルのせいである。

    もちろん、医者の措置を真っ向から否定するつもりはない。そうではなく、本人も家族も、治って退院したらいくらでも好きなものは食べられると信じて我慢したし、我慢させたことに疑問が湧くのである。

    結果的に助からないのであれば、仮に、命が少しだけ短くなったとしても、本人が懇願する好きなものを口径から与えてあげたほうが良かったのではないか。という疑問である。

  • さらに、2つめの疑問は高額な医療費である。
    差額ベッド代など保険適応外の費用が高いことは言うまでもない。それは、ある意味しかたないと諦めよう。また、保険適応内の後期高齢者の負担は原則1割であり、1ヶ月ごのとの請求額は、決して驚くような数字にはならない。

    しかし、保険適応内の1割負担額だけでも、毎月十数万円である。ということは、実際に医療費として病院が受け取る額は、保険適応内だけでも、毎月100万円を遥かに超えるということになる。事実、明細書にはその旨内訳も記載されていた。

    たしかに、24時間対応で、看護師もいれは、当直の医者もいる。点滴輸液代なども、それなりに掛かるだろう。問題は、結果的に治らなかったのに、好きなものも口にさせず我慢させ、さらに、ベッドに拘束ベルトで24時間固定され、3ヶ月半も忍耐だけ強いられ、かつ、国の健康保険として、数百万円も消費したという点にある。

    つまり、数百万も国に負担を掛けつつ、本人は苦しんだだけということが納得行かないのである。こんなことを全国でやっていれば、そりゃあ、健康保険制度も持つはずがないだろう。これに加えて、本人1割負担に高額な差額ベッド代が追加されるのである。

    果たして、母は、こんなことを望んでいただろうか。人の迷惑になるのが嫌いで、些細なことでも必要とされることを喜びとするタイプの人間なら、誰も、こんな状態は望まないだろう。

    荼毘に付す際、母が入院中懇願していた蒲萄を一房傍らに添えた。せめて、あの世で好きな葡萄を存分に味わってもらいたいと願うばかりである。

  • ところで、一般的に、日本の医療制度は国際的に進んでいると言われている。果たして本当にそうだろうか? 個人負担分だけでなく、全体的なコストも業務のレベルも含めてきちんとベンチマークすべきではないだろうか?何より、掛けたコストと結果(治癒状態)は見合っているのか?平均寿命が延びたと言われるが、この数字はかなり世間を欺く指標だ。健康状態における寿命でなければほとんど価値は無い。母は3ヶ月半もベッドに縛り付けられていた。後半はほぼ会話も出来なかった。もっと長期間、人工呼吸器を装着して無意識状態で寝ているだけの老人もたくさんいる。

    どんな状態でも生きてさえいれば良いというものではないはずだ。私はそう思うのだが、読者のみなさんは、どのようにお考えだろうか。

  • 最後に、企業のITマネジメントについてであるが、最近の我々のリサーチにおいて、生きているのか死んでいるのかわからないシステムをたくさん抱えている企業が少なくないことがわかっている。酷い場合は、全システムの状況が可視化されていない。その次の段階がシステムとしてはリスト化されているが、そのうち、各々が、いつ動作していつ停止しているのかさえ不明の企業と続く。

    ITのシステムも、是非、あまり迷惑を掛けず、企業にとって必要とされるシステムばかりが稼働している状態を目指してもらいたい。生きる屍のような状態の老人システムばかりで企業内のベッドが満床というようなことがないようにITマネジメントを実行して頂きたい。