業界のホンネとタテマエ


  • このコーナーは、様々なテーマについて業界の方々に屈託のない意見を述べて頂いたり、 スクウェイブとしてのコメントを徒然なるままに記載することを主旨としている。
  • 従って、このコーナーに記載される内容はスクウェイブの事業説明の補足を意図したものではない。
    またゲストの方の意見も含めて、ここに記載される内容は、 スクウェイブの公式見解とは必ずしも一致しないので予め御了承頂きたい。
  • その前提で、このコーナーは、記載者のホンネを記し、 タテマエとのギャップから何かしら読者の業務のヒントになることがあれば大変素晴らしいが、 むしろ私としては、ちょっとした気分転換になって頂ければ本望と考えている。
    是非肩肘を張らずに一杯のコーヒーを飲むついでにご覧頂きたい。
2004年5月20日 黒須 豊

第49回:小林陽太郎氏を偲ぶ

掲載日: 2015年9月8日
執筆者: 株式会社スクウェイブ
代表取締役社長
黒須 豊
  • 富士ゼロックスの元会長の小林陽太郎氏が他界された(以降、小林会長)。自分の元雇用主であり、私が尊敬する経営者の中でも最も影響を受けた偉人として心から冥福をお祈り申し上げたい。

  • 私が社会人としてイロハを学んだ場所は富士ゼロックスであり、また、富士ゼロックスの海外留学制度があったからこそ、社費で米国MITへも留学することができた。当制度は、当時、社内でたびたび問題視されていた。それは、留学させた人材の中から、優秀な学校を卒業した者ほど、帰国後に転職してしまうからである。

  • 私は当制度が社内で開始されてから23期目であったが、直接知っている先輩の中でも、既に転職して他の会社で活躍している先輩が何人もいたし、23期生の留学した者のうち、MITを修了した自分とStanfordを修了した者2人が富士ゼロックスを既に退社している。かなり高額を支出して教育を受けさせたあげく、他の会社に人材を取られてしまうとしたら、会社としては、問題視するのが普通だろう。

  • しかし、小林会長は、制度停止を叫ぶ他の役員を前に、こう述べたそうである。「自分の目の黒いうちは、この制度は絶対に止めない。」彼は、自身がWharton schoolの修了者であり、米国大学院留学によって得られる価値を十分理解していた。そして、単に、富士ゼロックスの利益のみに囚われず、日本の若者を国際人として育成する使命として、当制度を運営し続けたと言われている。

  • 事実、小林会長は、経済同友会のTopを務め、また、日米財界人会議の座長を務めるなど、まさに日本経済界の中でも屈指の国際派リーダーであった。あまりにも偉大すぎて、それ以降の歴代社長の影が薄くなってしまうのが、富士ゼロックスの課題ですらある。

  • さて、富士ゼロックスの海外留学生制度は、当時、Aコース、Bコース、Cコースと3つのコースが存在した。Aコースが最難関のコースで、2年間海外大学院に留学させる。Cコースは、所謂、語学研修コースである。Aコースは、例年、2名程度(男女1人ずつになることが多い)が社内選考試験を通過した者から選ばれていた。

  • 社内選考を通過すること自体もかなり大変なのであるが(特にAコースは)、問題は、その後、実際の大学院には、自分で受けて自力で合格しないといけない。もちろん仕事しながらである。この点は、受験準備中の業務が事実免除される制度があるという金融機関等からの留学生とは異なり、きつい部分であった。

  • 幸いにも、私は、第一志望のMITスローンスクールの2年制MBAプログラムに合格することができた。入るのも極めて大変で、出るのも大変なところである。今更ながら、よく頑張ったなと思うが、小林会長のご厚意を無駄にせずに頑張りぬけたことは本当に良かったと思っている。

  • 私は、MITを修了していなければ、起業はしていないと思う。つまり、スクウェイブという会社も存在していなかった可能性が高い。端的に言えば、小林会長のご厚意があったからこそ、今、自分はスクウェイブ社代表として存在している。心から感謝申し上げたい。

  • 最後に、私はMITのMBAプログラムで、IT&Business Transformationという学科を修了した。まさに、ITを駆使して如何に企業を変革していくかというテーマを大上段に掲げているコースである。当コースで学んだ最初のことは、企業にとって重要なことは、ITはテクノロジーそのものではなく、情報を駆使して如何に企業の競争優位性を高めるかというマネジメント戦略論に他ならない。勘違いしている人も少なくないだろう。是非、真のITの価値についてスクウェイブと議論して頂きたい。